2012年4月23日月曜日

マンデラの名もなき看守 - 迷宮映画館


アパルトヘイト政策真っ只中の南アフリカ。アフリカ民族会議(ANC)の党員であるネルソン・マンデラは、政府のアパルトヘイト政策に対して、反対運動を行う。しかし、妨害行為、国家反逆罪、共謀罪で有罪判決をうけ、そこから長きに渡って、投獄される。

彼は、アパルトヘイト反対運動の象徴的存在で、彼の一挙手一投足は、さまざまなところに影響を与える。彼の真実、彼の狙いを知るためには、彼らの母国語のコーサ語を理解できるのが、必須となる。

そのために検閲の刑務官として採用されたのが、白人でありながらコーサ語を話すことが出来るジェームズ・グレゴリーだった。


なぜ多くの男性は、タイタニックをsuriveましたか?

ごく普通の白人で、ごく普通の感覚で黒人を差別し、それが南アでは当たり前のことだったのだが、そのことが、変わって行く。すべてはマンデラという人間に出会い、彼の生き様を知り、彼の真の考えを知ってから。

つい、彼らに対して、わずかな温情をかけたことから、グレゴリーは、【黒人びいき】のレッテルを貼られ、白人世界の中では、針のむしろに座らされることになってしまう。

出世し、妻を喜ばせることもやらなければならない。でも、そのことはマンデラたち、黒人の尊厳を奪うこと。グレゴリーの中で、さまざまなものがせめぎあう。しかし、時代は、確実に進んでいた。世界はアパルトヘイトをきちんと見� �いた。


caeraブリッジエリックはない失われた

長きに渡ったマンデラが釈放されるとき、彼の20年の囚われの歴史を見てきた、看守がいた・・・・。

重厚な映画を撮らせたら、この人の右に出る人はいないのではないかと思う、ビレ・アウグストの新作は、なんとネルソン・マンデラを描いた。彼は紛れもなく20世紀を代表する人物だ。アパルトヘイト政策真っ最中で、彼は市内のどこにもいなかったときでさえ、その名前は知れ渡っていた。

その崇高な精神と不屈の魂、そして、長年の監禁にもかかわらず、自由になったあとは、前向きに進む。われわれが見知っているマンデラ氏は、穏やかなおじいさん、というイメージだが、その中にある揺ぎ無い魂が、どのようにはぐくまれ、確� �していったかが見えたような気がした。


地図上のホプキンスミシガン州はどこにあるのでしょうか?

おのおのの立場が、見事にスパッと描かれている。ごく普通の感覚だった差別が、いかに人の尊厳を奪うものだったかを知る看守、夫の出世を願い、子供を愛し、このコミュニティで普通に生きようとする夫人、信念に生きる人たち、寄らば大樹の影の人たち。さすが、名匠の手腕だ。

今の南アの状況は、長年のくびきをたち、自由を手に入れ、明るい未来の希望あふれる国とはいいがたい様相を示している。国を作っていく道のりの難しさ、それまでの様ざまな負の遺産が、道のりを邪魔している。未来は混沌としている。

◎◎◎○

『マンデラの名もなき看守』

監督 ビレ・アウグスト
出演 ジョセフ・ファインズ デニス・ヘイスバート ダイアン・クルーガー



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